2006年04月17日

沖縄そば / 沖縄よもやま一句 vol1

『 大晦日 沖縄そばで 年越しを 』

大晦日のニュースで毎年恒例の 「年末各地の風景」 が流れていました。

アメ横の買出し風景、明治神宮の初詣準備風景、おそば屋さんでの年越しそば、香川・讃岐での年越しそばならぬ年越しうどん・・・。と例年のパターンで締めくくられると思いきや次の瞬間・・・

「沖縄では・・・沖縄そばで年越しを迎えようと・・・」 というナレーションと共に、那覇市内の沖縄そば屋さんの風景が・・・。

「おォーここまできたか・・・」 と思わず口ずさみ、自然に顔がほころんでいました。

あの 「讃岐うどん」 と並んで 「沖縄そば」 が紹介されたという事は、単に沖縄ブームにのって認知度が高まったというだけでなく 「沖縄そば」 が一つのブランドとして確立された証であると言っても過言ではないと思います。

「ゴーヤ」 「ウコン」 に続き 「沖縄そば」・・・ますます沖縄から目が離せないですね!



あーお腹空いた・・・近くに沖縄そば屋さん・・・ないんだよなー・・・。

<オリジナルは沖縄アンサー/沖縄よもやま話 2006/01/05です>
「沖縄よもやま一句」をより多くのみなさまに見ていただこうと、オリジナルを加筆・修正したものをこちらにも掲載しております。  

Posted by 白井 旬 at 18:00Comments(2)TrackBack(0)沖縄よもやま一句

2006年04月16日

トルコ出発前日

<つづき>

エイチ・アイ・エス関西営業本部で3週間後には先輩社員となる方の献身的な手配で、翌日の席が唯一空いていたKLMオランダ航空でトルコに飛ぶこととなった。

かくして航空券と初日のホテルを済ませた私は、意気揚々と家路に着いた。

母 「おかえりー研修どうやった?」
私 「やっぱり東京組みはすごいなー東大やら慶応やらとかおってなー」
母 「なんかすごい会社に入ったんやなー?大丈夫なん?」
私 「まーなんとかなるやろ!ところでやっぱり明日から卒業旅行に行くわ!」
母 「会社入ったら忙しくなるやろから、最後に楽しんだらええやん。でどこ行くん?」
私 「トルコ!」
母 「・・・!?トルコって日本やないやんか!?もしかしてひとりちゃうやろな?」
私 「東京の同期と二人で行くことにしたから大丈夫やで・・・」
母 「それなら安心やわ・・・ひとりやと何があるか心配や・・・」
私 「ほな明日の朝は早いから、準備するわ」
母 「パスポートちゃんと入れときよー」
私 「はいはい」

東京の同期と二人というのは、半分本当で半分ウソである。2週間の日程で一緒なのはアンカラからの4日間であとは完全にひとりである。

こうでも言わないと心配性の母であるので納得はすまいと思い少々ウソをついて、当時は納得させたつもりだったのだが、後年になって父から 「トルコにひとりで行くって言ってるけど大丈夫やろか?言い出したら聞かん子やからしゃーないけど・・・」と完全にバレていたと笑いながら言われたものである。

父親曰く 「いくつになっても親とおんなは鋭いからだませんぞ!」は今もって新鮮である。 <続く>  

Posted by 白井 旬 at 13:56Comments(2)TrackBack(0)旅の思いで

2006年04月16日

思い出のデビュー!カフス

私の興味あることはと言えば、小学校時代にやっていたサッカーや中・高・大時代にやっていたハンドボールなどの球技がメインで、一般的な男性が好きであろう車や服やジッポライター等には興味はなく 「車?走ればいいんじゃない?」 「服?失礼にならない程度で」「ジッポ?タバコは吸わないしなー」という状況です。

そんな私ですが(だからこそ?) 何故か?仕事をする際の「スーツスタイル」が好きで、可能であれば普段も「スーツ」でいたいと思っているぐらいです。

「スーツスタイル」の中でも特に好きなのがカフスボタン(カフリンク)です(※以下カフス)

一番最初にカフスを着けたのは、たぶん・・・社会人1年目の夏頃だったように記憶しています。とすればもう10年以上も前の話ですね。

当時、目標としていた先輩の真似をして購入したその記念すべき第一号のカフスがこちらです。もう10年以上も経っていて、ドーム型の布の部分が引っ掻いたように少しはがれていますが、なかなか趣があります。

それ以来、買い物に行った時や旅行先でカフスを探すようになり、また何かの記念に買ったりするようになりました。

さらには、無趣味な男の副産物として、みなが旅行に行った時に「カフス」をお土産にと持ってきてもらえるようになりました。「みんなーありがとー!」 そんな色々な思い出がつまった「カフス」を、これからときおりご紹介していこうと思います。  

2006年04月14日

思いたったがトルコへ

1995年3月初旬なぜか私はトルコ・イスタンブールの空港に立っていた。

この年の4月から新社会人としてデビューする事になっていた私は2月に卒業旅行としてエジプトに行く予定にしていた。ところがである・・・。

1995年1月17日5時46分。後に阪神淡路大震災と言われる未曾有の地震が発生する。その時、私は神戸市須磨区の友人宅におり震度7を直接体験することとなる。
揺れるマンションから這うように外に出てみれば、いつもは軒を並べて建っているはずの木造の建物が見当たらない。家の2階部分が1階まで落ち込んでいるのである。慌てて表通りの国道2号線に出てみれば、映画でしか見たことのないような道路のひび割れや陥落がいたるところに見える。そのうち、少し離れたプラモデル・模型屋さんから火の手があがりだした。そこからは近所の方と協力しての必死の救援活動で何をどうしたか?どこを駆け巡ったのか?はっきりした記憶とおぼろげな記憶が交錯した状態で10年以上経った今でも突然のように思い出される。

私の実家はというと神戸市といえども被害が少ない地域であったので、日常の生活に少しばかり支障は生じたが、避難所で過ごされた方に比べれば恵まれていた。街全体がそんな状況であるがゆえエジプトへの卒業旅行はあえなく中止とすることにした。

3月の初旬になると街も落ち着きを取り戻しはじめ、私は東京で行なわれた全国合同の新入社員研修に参加することとなった。さすがに海外旅行が代名詞となったエイチ・アイ・エスに入社する面々だけあって卒業旅行で世界各国を巡っている。3泊4日の社員研修の間、色々な国の色々な話を聞いているうちに、私の中でふつふつと湧き上がるものがあった。

そんな時、同じ班で研修をしていた東京組・新入社員の中に3月中~末にトルコへ行くというものがいた。彼としては卒業旅行の仕上げでトルコに行くらしくイスタンブール、アンカラなどを巡るという。研修最後の晩に意気投合した二人は、ヒッタイトやオスマントルコを中心とした世界史の話題で盛り上がった。

次の日、もしかするとトルコに旅行に行くかもしれないという事で、彼の連絡先を聞き新幹線へと乗り込んだ。新幹線が名古屋を通過する頃には、いてもたってもいられなくなり、
大阪へ到着するなりその足で、エイチ・アイ・エスの関西営業本部(当時は堂島)に向ったのである。

そして一言・・・ 「すいません!明日からトルコに行きたいのですが!・・・」

かくして私のトルコへの扉は切り開かれたのである。 <つづく>  

Posted by 白井 旬 at 15:00Comments(0)TrackBack(0)旅の思いで

2006年04月11日

今まで訪れた国・・・

最近は沖縄への出入りが多いのですが、4・5年前までは海外旅行によく行ってました。

海外旅行っといっても何故かハワイとかグアムとかには行ったことがありません・・・。

世界史が特に好きだったこともあって、学生時代に 【死ぬまでに 「中国・万里の長城」 「トルコ・ヒッタイトの遺跡」 「カンボジア・アンコールワット」 「エジプトのピラミッド」 の4つを訪れよう】 と夢・目標をたてました。

そして今日までに行ったところは、韓国・中国・バンコク・インドネシア・フィリピン・トルコの6ヶ国で、夢・目標としてたてた 「中国・万里の長城」 と 「トルコ・ヒッタイトの遺跡」 のふたつは制覇しました。

以前は海外旅行・格安航空券で有名なエイチ・アイ・エスに7年間ほど勤めていましたので、もっと海外旅行に行っててもよさそうなものですが、当時は忙しすぎて休みがとれませんでした・・・。

旅行が好きで旅行会社に入ったのに旅行に行けないというこのジレンマ・・・。

旅行会社に勤める方の永遠のテーマかもしれませんね。

今まで行った6ヶ国の中で思いで深いのは、短期留学も兼ねた中国 と 当時神戸に住んでいたのに阪神大震災の直後に行ったトルコです。

おっと今日はここで時間切れ・・・「思いでばなし」 はまた明日以降に・・・。  

Posted by 白井 旬 at 19:54Comments(2)TrackBack(0)旅の思いで

2006年04月10日

今日からスタート・・・

ひょんなことから とある沖縄サイト の編集長となった私こと白井です。

いつもは沖縄に関連する記事・話題を書いたりしていますが、その反動か?ふと沖縄のことを離れて書いてみたくなりました。(とは言っても沖縄のこともときには書くと思いますが・・・)

日常の様々な出来事などを気軽に書いていこうと思います。

以後、お見知りおきを・・・。