2006年04月23日
トルコの夜は更けていく・・・
<つづき>
重たい荷物を抱えペラパレスのフロントへ到着し予約確認書を提示すると、スタッフが 「おや?」 といった顔をして慌てふためいている。「も・・・もしや・・・」 と思った次の瞬間、「オーバーブッキング」 という単語を発するではないか・・・。
「ここで慌てふためいてもしょうがない。これでももうすぐ旅行会社に入る身だ・・・勉強と思って・・・交渉せねば・・・」 と拙い英語に関西弁も織り交ぜながら対峙すること15分。
フロントの奥からマネージャーらしき年配の方が出てきて、私を部屋に案内してくれるではないか。
「人間あきらめずに交渉してみるものだ・・・」 とひとり悦に入っていると・・・そのマネージャーが途中のエレベーターで 「普段あまり使わない部屋だから・・・」 といったニュアンスを発したので 「まー野宿するより屋根があればいいや」 と思っていたら・・・
そこはなんとベッドルームが2つもあるスイートではないか!?24時をとうにまわっていたので、長時間のフライトと眠気からくる錯覚か?とも疑ったがどうもそうではない。
「アガサクリスティーが○×↑△×↑・・・」 とそのマネージャーが言っているところをみるとどうやら 「アガサクリスティーゆかりの部屋」 らしかった。
「こんな由緒正しい部屋に日本から来た22歳そこそこの若者が泊まっていいものだろうか?」 とか「今日はラッキーだったので明日はアンラッキーか?」 とか 「トルコリラを数えるのは大変だなー」 などと思案を巡らせながら知らぬまに気持ちよく眠りについていた。
ともかくトルコ最初の夜は私を暖かく私を迎え入れ、静かに更けていった。
が・・・次の日は・・・予習不足のため大きな音で起こされるはめになろうとは・・・ <つづく>
重たい荷物を抱えペラパレスのフロントへ到着し予約確認書を提示すると、スタッフが 「おや?」 といった顔をして慌てふためいている。「も・・・もしや・・・」 と思った次の瞬間、「オーバーブッキング」 という単語を発するではないか・・・。
「ここで慌てふためいてもしょうがない。これでももうすぐ旅行会社に入る身だ・・・勉強と思って・・・交渉せねば・・・」 と拙い英語に関西弁も織り交ぜながら対峙すること15分。
フロントの奥からマネージャーらしき年配の方が出てきて、私を部屋に案内してくれるではないか。
「人間あきらめずに交渉してみるものだ・・・」 とひとり悦に入っていると・・・そのマネージャーが途中のエレベーターで 「普段あまり使わない部屋だから・・・」 といったニュアンスを発したので 「まー野宿するより屋根があればいいや」 と思っていたら・・・
そこはなんとベッドルームが2つもあるスイートではないか!?24時をとうにまわっていたので、長時間のフライトと眠気からくる錯覚か?とも疑ったがどうもそうではない。
「アガサクリスティーが○×↑△×↑・・・」 とそのマネージャーが言っているところをみるとどうやら 「アガサクリスティーゆかりの部屋」 らしかった。
「こんな由緒正しい部屋に日本から来た22歳そこそこの若者が泊まっていいものだろうか?」 とか「今日はラッキーだったので明日はアンラッキーか?」 とか 「トルコリラを数えるのは大変だなー」 などと思案を巡らせながら知らぬまに気持ちよく眠りについていた。
ともかくトルコ最初の夜は私を暖かく私を迎え入れ、静かに更けていった。
が・・・次の日は・・・予習不足のため大きな音で起こされるはめになろうとは・・・ <つづく>
2006年04月22日
旅フェア2006
昨日は幕張メッセで開催されている「旅フェア2006」へ行ってまいりました。
今年のテーマは「目の覚めるような日本へ、行ってきます」で、主に国内旅行と海外からの国内への誘客がメインだったようです。
各所で開かれるこういった旅行関連のイベントには仕事の関連もあり必ず参加するのですが、毎回驚かされるのは一般の方が入場料を払ってまで来られているという点です。
今回の「旅フェア2006」では、時間を確認せずに行った私のいい加減さが功を奏してか、13時のオープニング前に会場へ着きました。そこには「オォ!」と声をあげてしまうほど開会を待つ方で長蛇の列が出来ており熱気に満ち溢れています。そして、みな楽しそうに旅行の思い出やら次の予定なんかを話しています。
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各所で開かれるこういった旅行関連のイベントには仕事の関連もあり必ず参加するのですが、毎回驚かされるのは一般の方が入場料を払ってまで来られているという点です。
今回の「旅フェア2006」では、時間を確認せずに行った私のいい加減さが功を奏してか、13時のオープニング前に会場へ着きました。そこには「オォ!」と声をあげてしまうほど開会を待つ方で長蛇の列が出来ており熱気に満ち溢れています。そして、みな楽しそうに旅行の思い出やら次の予定なんかを話しています。
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2006年04月18日
トルコ到着・・・お金持ちになった気分・・・
<つづき>
トルコ出発当日
「この地震でみんなが大変なさなかどこへ行く?」という皆からのさまざまな視線を受けながら、大きな荷物を持ち関空へ。(テンションが高まっているので視線など全く気にせずでしたが・・・)
飛行機はKLMオランダ航空利用の為、アムステルダム経由でイスタンブールへ飛ぶルート。途中、アムステルダムの空港で半日以上に及ぶトランジット(乗り継ぎ待ち時間)も、「おお!スパルタンXがあるじゃないかー」と昔ながらのファミコン海外版を見つけたり、「おーもしや・・・これが噂に聞くGODIVAのチョコか・・・」などと高めのテンションで有意義に過ごしイスタンブールへは23時過ぎに到着した。
まず私を待ち受けていたのはトルコリラへの両替である。2006年からは新トルコリラになって改善されたようであるが、当時は超のつくインフレだった為1000円で約13,000,000(1300万)トルコリラという目も当てられぬ状況。しかも円ではなくドルから両替したので、さらに頭の中は大混乱。こころの中で「いち、じゅう、ひゃく・・・」と数えながら何だか急にお金持ちになった気分で空港を出る羽目となる。
初日は遅いし初めての国なのでとホテルを取っていたので、安心して意気揚揚とタクシーに乗り込み「ペラパレスへ」と告げると 「ペラパレス?本当か?」と聞き返してくる。
それもそのはず 「ペラパレス」 は1892年創業の由緒正しきホテルで、かのアガサ・クリスティーが「オリエント急行殺人事件」を執筆したところでもある。トルコリラも満足に数えられないような20代前半の青年が、23時台にひとりでタクシーをつかまえて「ペラパレスへ」と言うのはいかにも不釣合いに映ったはずであろう。
ともあれ気を取り直して事情を説明すると「なるほど・・・」といった感じで、その後は満面の笑顔で親切なる対応。最後の方は自分の家族の話までしてくれるなど少々過剰サービスであった。
しかしながら私の頭と視線は彼の話はそっちのけで、すごい勢いで上がっていく料金メータにくぎ付けであった。頭の中では1000円で約13,000,000トルコリラと理解しているつもりでも、5~6ケタの数字がどんどんあがるタクシーメーターなどは経験したことがないので心の中で「今いくらだ?えーとえーと・・・」とつぶやいているうちに、ホテルまで到着したのをおぼえている。
本来はここで無事ホテルについて「初日はおつかれさま」なのであるが・・・ <つづく>
トルコ出発当日
「この地震でみんなが大変なさなかどこへ行く?」という皆からのさまざまな視線を受けながら、大きな荷物を持ち関空へ。(テンションが高まっているので視線など全く気にせずでしたが・・・)
飛行機はKLMオランダ航空利用の為、アムステルダム経由でイスタンブールへ飛ぶルート。途中、アムステルダムの空港で半日以上に及ぶトランジット(乗り継ぎ待ち時間)も、「おお!スパルタンXがあるじゃないかー」と昔ながらのファミコン海外版を見つけたり、「おーもしや・・・これが噂に聞くGODIVAのチョコか・・・」などと高めのテンションで有意義に過ごしイスタンブールへは23時過ぎに到着した。
まず私を待ち受けていたのはトルコリラへの両替である。2006年からは新トルコリラになって改善されたようであるが、当時は超のつくインフレだった為1000円で約13,000,000(1300万)トルコリラという目も当てられぬ状況。しかも円ではなくドルから両替したので、さらに頭の中は大混乱。こころの中で「いち、じゅう、ひゃく・・・」と数えながら何だか急にお金持ちになった気分で空港を出る羽目となる。
初日は遅いし初めての国なのでとホテルを取っていたので、安心して意気揚揚とタクシーに乗り込み「ペラパレスへ」と告げると 「ペラパレス?本当か?」と聞き返してくる。
それもそのはず 「ペラパレス」 は1892年創業の由緒正しきホテルで、かのアガサ・クリスティーが「オリエント急行殺人事件」を執筆したところでもある。トルコリラも満足に数えられないような20代前半の青年が、23時台にひとりでタクシーをつかまえて「ペラパレスへ」と言うのはいかにも不釣合いに映ったはずであろう。
ともあれ気を取り直して事情を説明すると「なるほど・・・」といった感じで、その後は満面の笑顔で親切なる対応。最後の方は自分の家族の話までしてくれるなど少々過剰サービスであった。
しかしながら私の頭と視線は彼の話はそっちのけで、すごい勢いで上がっていく料金メータにくぎ付けであった。頭の中では1000円で約13,000,000トルコリラと理解しているつもりでも、5~6ケタの数字がどんどんあがるタクシーメーターなどは経験したことがないので心の中で「今いくらだ?えーとえーと・・・」とつぶやいているうちに、ホテルまで到着したのをおぼえている。
本来はここで無事ホテルについて「初日はおつかれさま」なのであるが・・・ <つづく>
2006年04月16日
トルコ出発前日
<つづき>
エイチ・アイ・エス関西営業本部で3週間後には先輩社員となる方の献身的な手配で、翌日の席が唯一空いていたKLMオランダ航空でトルコに飛ぶこととなった。
かくして航空券と初日のホテルを済ませた私は、意気揚々と家路に着いた。
母 「おかえりー研修どうやった?」
私 「やっぱり東京組みはすごいなー東大やら慶応やらとかおってなー」
母 「なんかすごい会社に入ったんやなー?大丈夫なん?」
私 「まーなんとかなるやろ!ところでやっぱり明日から卒業旅行に行くわ!」
母 「会社入ったら忙しくなるやろから、最後に楽しんだらええやん。でどこ行くん?」
私 「トルコ!」
母 「・・・!?トルコって日本やないやんか!?もしかしてひとりちゃうやろな?」
私 「東京の同期と二人で行くことにしたから大丈夫やで・・・」
母 「それなら安心やわ・・・ひとりやと何があるか心配や・・・」
私 「ほな明日の朝は早いから、準備するわ」
母 「パスポートちゃんと入れときよー」
私 「はいはい」
東京の同期と二人というのは、半分本当で半分ウソである。2週間の日程で一緒なのはアンカラからの4日間であとは完全にひとりである。
こうでも言わないと心配性の母であるので納得はすまいと思い少々ウソをついて、当時は納得させたつもりだったのだが、後年になって父から 「トルコにひとりで行くって言ってるけど大丈夫やろか?言い出したら聞かん子やからしゃーないけど・・・」と完全にバレていたと笑いながら言われたものである。
父親曰く 「いくつになっても親とおんなは鋭いからだませんぞ!」は今もって新鮮である。 <続く>
エイチ・アイ・エス関西営業本部で3週間後には先輩社員となる方の献身的な手配で、翌日の席が唯一空いていたKLMオランダ航空でトルコに飛ぶこととなった。
かくして航空券と初日のホテルを済ませた私は、意気揚々と家路に着いた。
母 「おかえりー研修どうやった?」
私 「やっぱり東京組みはすごいなー東大やら慶応やらとかおってなー」
母 「なんかすごい会社に入ったんやなー?大丈夫なん?」
私 「まーなんとかなるやろ!ところでやっぱり明日から卒業旅行に行くわ!」
母 「会社入ったら忙しくなるやろから、最後に楽しんだらええやん。でどこ行くん?」
私 「トルコ!」
母 「・・・!?トルコって日本やないやんか!?もしかしてひとりちゃうやろな?」
私 「東京の同期と二人で行くことにしたから大丈夫やで・・・」
母 「それなら安心やわ・・・ひとりやと何があるか心配や・・・」
私 「ほな明日の朝は早いから、準備するわ」
母 「パスポートちゃんと入れときよー」
私 「はいはい」
東京の同期と二人というのは、半分本当で半分ウソである。2週間の日程で一緒なのはアンカラからの4日間であとは完全にひとりである。
こうでも言わないと心配性の母であるので納得はすまいと思い少々ウソをついて、当時は納得させたつもりだったのだが、後年になって父から 「トルコにひとりで行くって言ってるけど大丈夫やろか?言い出したら聞かん子やからしゃーないけど・・・」と完全にバレていたと笑いながら言われたものである。
父親曰く 「いくつになっても親とおんなは鋭いからだませんぞ!」は今もって新鮮である。 <続く>
2006年04月14日
思いたったがトルコへ
1995年3月初旬なぜか私はトルコ・イスタンブールの空港に立っていた。
この年の4月から新社会人としてデビューする事になっていた私は2月に卒業旅行としてエジプトに行く予定にしていた。ところがである・・・。
1995年1月17日5時46分。後に阪神淡路大震災と言われる未曾有の地震が発生する。その時、私は神戸市須磨区の友人宅におり震度7を直接体験することとなる。
揺れるマンションから這うように外に出てみれば、いつもは軒を並べて建っているはずの木造の建物が見当たらない。家の2階部分が1階まで落ち込んでいるのである。慌てて表通りの国道2号線に出てみれば、映画でしか見たことのないような道路のひび割れや陥落がいたるところに見える。そのうち、少し離れたプラモデル・模型屋さんから火の手があがりだした。そこからは近所の方と協力しての必死の救援活動で何をどうしたか?どこを駆け巡ったのか?はっきりした記憶とおぼろげな記憶が交錯した状態で10年以上経った今でも突然のように思い出される。
私の実家はというと神戸市といえども被害が少ない地域であったので、日常の生活に少しばかり支障は生じたが、避難所で過ごされた方に比べれば恵まれていた。街全体がそんな状況であるがゆえエジプトへの卒業旅行はあえなく中止とすることにした。
3月の初旬になると街も落ち着きを取り戻しはじめ、私は東京で行なわれた全国合同の新入社員研修に参加することとなった。さすがに海外旅行が代名詞となったエイチ・アイ・エスに入社する面々だけあって卒業旅行で世界各国を巡っている。3泊4日の社員研修の間、色々な国の色々な話を聞いているうちに、私の中でふつふつと湧き上がるものがあった。
そんな時、同じ班で研修をしていた東京組・新入社員の中に3月中~末にトルコへ行くというものがいた。彼としては卒業旅行の仕上げでトルコに行くらしくイスタンブール、アンカラなどを巡るという。研修最後の晩に意気投合した二人は、ヒッタイトやオスマントルコを中心とした世界史の話題で盛り上がった。
次の日、もしかするとトルコに旅行に行くかもしれないという事で、彼の連絡先を聞き新幹線へと乗り込んだ。新幹線が名古屋を通過する頃には、いてもたってもいられなくなり、
大阪へ到着するなりその足で、エイチ・アイ・エスの関西営業本部(当時は堂島)に向ったのである。
そして一言・・・ 「すいません!明日からトルコに行きたいのですが!・・・」
かくして私のトルコへの扉は切り開かれたのである。 <つづく>
この年の4月から新社会人としてデビューする事になっていた私は2月に卒業旅行としてエジプトに行く予定にしていた。ところがである・・・。
1995年1月17日5時46分。後に阪神淡路大震災と言われる未曾有の地震が発生する。その時、私は神戸市須磨区の友人宅におり震度7を直接体験することとなる。
揺れるマンションから這うように外に出てみれば、いつもは軒を並べて建っているはずの木造の建物が見当たらない。家の2階部分が1階まで落ち込んでいるのである。慌てて表通りの国道2号線に出てみれば、映画でしか見たことのないような道路のひび割れや陥落がいたるところに見える。そのうち、少し離れたプラモデル・模型屋さんから火の手があがりだした。そこからは近所の方と協力しての必死の救援活動で何をどうしたか?どこを駆け巡ったのか?はっきりした記憶とおぼろげな記憶が交錯した状態で10年以上経った今でも突然のように思い出される。
私の実家はというと神戸市といえども被害が少ない地域であったので、日常の生活に少しばかり支障は生じたが、避難所で過ごされた方に比べれば恵まれていた。街全体がそんな状況であるがゆえエジプトへの卒業旅行はあえなく中止とすることにした。
3月の初旬になると街も落ち着きを取り戻しはじめ、私は東京で行なわれた全国合同の新入社員研修に参加することとなった。さすがに海外旅行が代名詞となったエイチ・アイ・エスに入社する面々だけあって卒業旅行で世界各国を巡っている。3泊4日の社員研修の間、色々な国の色々な話を聞いているうちに、私の中でふつふつと湧き上がるものがあった。
そんな時、同じ班で研修をしていた東京組・新入社員の中に3月中~末にトルコへ行くというものがいた。彼としては卒業旅行の仕上げでトルコに行くらしくイスタンブール、アンカラなどを巡るという。研修最後の晩に意気投合した二人は、ヒッタイトやオスマントルコを中心とした世界史の話題で盛り上がった。
次の日、もしかするとトルコに旅行に行くかもしれないという事で、彼の連絡先を聞き新幹線へと乗り込んだ。新幹線が名古屋を通過する頃には、いてもたってもいられなくなり、
大阪へ到着するなりその足で、エイチ・アイ・エスの関西営業本部(当時は堂島)に向ったのである。
そして一言・・・ 「すいません!明日からトルコに行きたいのですが!・・・」
かくして私のトルコへの扉は切り開かれたのである。 <つづく>
2006年04月11日
今まで訪れた国・・・
最近は沖縄への出入りが多いのですが、4・5年前までは海外旅行によく行ってました。
海外旅行っといっても何故かハワイとかグアムとかには行ったことがありません・・・。
世界史が特に好きだったこともあって、学生時代に 【死ぬまでに 「中国・万里の長城」 「トルコ・ヒッタイトの遺跡」 「カンボジア・アンコールワット」 「エジプトのピラミッド」 の4つを訪れよう】 と夢・目標をたてました。
そして今日までに行ったところは、韓国・中国・バンコク・インドネシア・フィリピン・トルコの6ヶ国で、夢・目標としてたてた 「中国・万里の長城」 と 「トルコ・ヒッタイトの遺跡」 のふたつは制覇しました。
以前は海外旅行・格安航空券で有名なエイチ・アイ・エスに7年間ほど勤めていましたので、もっと海外旅行に行っててもよさそうなものですが、当時は忙しすぎて休みがとれませんでした・・・。
旅行が好きで旅行会社に入ったのに旅行に行けないというこのジレンマ・・・。
旅行会社に勤める方の永遠のテーマかもしれませんね。
今まで行った6ヶ国の中で思いで深いのは、短期留学も兼ねた中国 と 当時神戸に住んでいたのに阪神大震災の直後に行ったトルコです。
おっと今日はここで時間切れ・・・「思いでばなし」 はまた明日以降に・・・。
海外旅行っといっても何故かハワイとかグアムとかには行ったことがありません・・・。
世界史が特に好きだったこともあって、学生時代に 【死ぬまでに 「中国・万里の長城」 「トルコ・ヒッタイトの遺跡」 「カンボジア・アンコールワット」 「エジプトのピラミッド」 の4つを訪れよう】 と夢・目標をたてました。
そして今日までに行ったところは、韓国・中国・バンコク・インドネシア・フィリピン・トルコの6ヶ国で、夢・目標としてたてた 「中国・万里の長城」 と 「トルコ・ヒッタイトの遺跡」 のふたつは制覇しました。
以前は海外旅行・格安航空券で有名なエイチ・アイ・エスに7年間ほど勤めていましたので、もっと海外旅行に行っててもよさそうなものですが、当時は忙しすぎて休みがとれませんでした・・・。
旅行が好きで旅行会社に入ったのに旅行に行けないというこのジレンマ・・・。
旅行会社に勤める方の永遠のテーマかもしれませんね。
今まで行った6ヶ国の中で思いで深いのは、短期留学も兼ねた中国 と 当時神戸に住んでいたのに阪神大震災の直後に行ったトルコです。
おっと今日はここで時間切れ・・・「思いでばなし」 はまた明日以降に・・・。



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